今春の新型肺炎(SARS)の流行は記憶に新しいことと思います。幸いなことに日本では感染者がでないで済みましたが、検疫にあたる方々や保健所の皆さん等大変なご苦労をされたことでしょう。われわれ中小医療機関でも、マスクが入手不可能だったり、上からの通達が理解不能だったり、結構大変でした。新型肺炎の恐怖は大変なものでしたが、古くからある肺炎の恐ろしさが、そのかげで軽視されるのではないでしょうか。
抗生物質が発見されて、感染症が制圧されるかのごとく思えたのは過去の話で、最近ではいろいろな細菌が抗生物質に対して耐性を持ってきています。抵抗性の弱い高齢者が増えていることとあわせ、肺炎の死亡率は悪性新生物、心疾患、脳血管疾患についで4位をしめ、しかも年々増加してきているのです。SARSによる死者は世界で800人でしたが、それ以外の肺炎では日本だけで昨年1年間に8万7千人ものかたが亡くなられています。
多くの細菌やウイルスが肺炎をおこすことが知られていますが(SARSも原因ウイルスのひとつ)、一般の方が普段の生活の中で感染した肺炎(市中肺炎)の原因のなかで最も頻度が高く、かつ重症の肺炎となるのが肺炎球菌です。これはほかにも髄膜炎や中耳炎、副鼻腔炎もおこす危険な菌で、ご多分にもれず、抗生物質への耐性化が進んでいます。
また肺炎球菌には多くの型があり、1回罹ったからといって、もう2度と罹らないというわけにもいきません。
そこで最近、肺炎球菌ワクチンが使用されるようになっています。これは23もの型の肺炎球菌に対して効果を持つ多価ワクチンで、抵抗力の落ちた人の肺炎による入院、死亡の危険を減少させること、肺炎球菌による感染症を70~80%減少させることが知られています。アメリカでは高齢者の50%にも使用されているそうです。
これは1回注射するだけで、数年間効果が持続します。一方副反応として注射部位の腫れや痛み、時に発熱が生じることがあります。残念ながら今のところ保険が効くのは脾臓を摘出している方のみで、それ以外のかたには公費補助もありません。また、医師の間でもいまひとつ浸透しておらず、積極的に接種をすすめている医療機関はごくわずかなのが現状です。
接種は2歳から可能ですが、是非お勧めしたいのは、抵抗力の落ちている65歳以上の高齢の方、免疫抑制状態の方、肺・心臓の悪い方、腎不全の方、糖尿病の方、外科手術を予定されている方などです。
多くの人が命を落としている危険な感染症ですが、予防できる感染症で命をおとすのはもったいないと思いますせんか。